昨秋の新人戦から公式戦で勝ち続けてきた関東王者、船橋フェニックス(東京)の快進撃がついにストップした。打破したのは、全日本学童出場10回(2019年準優勝)を誇る“関東の雄”こと、茎崎ファイターズ(茨城)だ。『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』とは故・野村克也氏の名言だが、東日本少年野球交流大会の最終3日目、準決勝の第1試合は勝者にも敗者にも不思議はなかった。
※記録は編集部、学年の無表記は新6年生
(写真&文=大久保克哉)
3位/船橋フェニックス[東京・世田谷]
■準決勝1
◇4月6日 ◇茨城・希望ヶ丘公園野球場
船 橋 21000=3
茎 崎 0404 X=8
※5回時間切れ
【船】松本、木村、長谷川-竹原
【茎】佐藤映、折原-藤城
早朝から予報以上の降雨も、大会役員や保護者らの懸命のグラウンド整備により、準決勝以降の3試合が無事に行われた
小雨混じりの遅延スタート
4月最初の土曜日の朝7時半、希望ヶ丘公園野球場。大会運営をサポートする茎崎ファイターズの保護者たちが、一塁ベンチからじっと空を見上げていた。
予報に反しての強めの雨脚が、なかなか止む気配をみせない。準決勝のもう1試合を予定している隣接のグラウンドは、すでに湖のよう。朝一番から整備してきたというメイン球場は、全体にまだ土が見えているが、点在する水たまりに侵食されつつあった。父親の一人が、遠い目をしてポツリ。
「全部パー。またやり直しっすね」
上位4強はいずれも全国区の強豪で、明くる日もそれぞれに別の試合がある。つまり、日曜日へのスライドは現実的ではない。やるならば、きょうのうちに。ナイター照明もあるメイン球場なら、準決勝2試合と決勝の3試合は辛うじて消化できるのではないか。
大会本部でそのような話し合いが行われた末、開始時間を遅らせての決行が各チームに伝えられた。それが8時半前で、長靴履きの父親たちがグラウンドに散っていった。そして小ぶりの雨がパラつくなかで、10時には準決勝の第1試合が始まった。
雪辱に燃える一番打者
茎崎ファイターズと船橋フェニックス。実は1週間前の1回戦終了後に、練習試合をしたばかり。結果は12対4で茎崎のコールド勝ち。これにより、昨秋の関東大会を含めて船橋の新チームが貫いてきた全勝が止まった(関連記事➡こちら)。
1回表、船橋は木村の右前打(上)から一死満塁とし、吉村の三塁ゴロと続く半田の右前打(下)で2点を先取する
「茎崎は上位打線がすごく打ってくる。長打もあるし、強いなと。フルボッコでしたから。でも、練習試合だったし、こっちもエースじゃなかったので。次は公式戦でリベンジということで」
7日前の対決をそう振り返っていた船橋のトップバッター、木村心大が有言実行へ向けて、のっけから結果を出した。ライト前へ鮮やかなクリーンヒットを放つと、天に一本指を突き刺した。
準々決勝で2本塁打の二番・松本一も、いつもの猛烈なフルスイングだ。追い込まれてから3球連続ファウルの後、死球を回避した体勢のバットにボールが当たり、送りバントのような結果に。
三番・竹原煌翔は二塁後方へテキサス安打。準々決勝で一発を放っている四番・濱谷隆太は死球で一死満塁となり、1回戦で2本塁打の五番・吉村駿里が右打席へ。先制からビッグイニングとなりそうな気配もあった。
対する茎崎は、佐々木亘コーチが内野陣に中間守備を指示。試合は始まったばかりで、大地はまだたっぷりと水を含んでいる。1点と引き換えにアウトカウントを増やそう、できれば一気に2つ取って切り抜けよう、との陣形だ。
茎崎は吉田監督が仕事で不在。佐々木コーチ(左端)が采配を担い、茂呂コーチと小林拓真コーチがサポートした
船橋は吉村の三塁ゴロの間に、三走・木村が先制のホームイン。さらに二死一、二塁から、六番・半田蒼馬が逆方向へ技ありのタイムリーでもう1点が入った。
これで主導権は船橋に。先発の右腕・松本はいつもの緩急のピッチング。勝負球のストレートは、いつも以上のスピードと迫力が感じられた。1回裏は1死球も、あとはシャットアウト。そして2回表も、右前打で出た木村が敵失に乗じて三進し、竹原の左犠飛でまた本塁を踏んだ。
さすがの関東王者だ。昨夏の全国でもプレーしている茎崎のバッテリーから、早々に3得点。従来なら、さらに畳み掛けて一方的となるパターンだった。
2回表、船橋は三番・竹原の犠飛で1点を追加(写真は5回のテキサス安打)
しかし、この日の相手は全国準Vの実績もある“関東の雄”。ズルズルと引き下がるような軟なチームではない。この日は吉田祐司監督が仕事で姿を見せていなかったが、朝イチで雨が降るグラウンドにやってきた茂呂修児コーチは、意気揚々とこう話していた。
「こんなの夏の全国大会だったら、ぜんぜん当たり前にやるコンディション。きょうも良い経験になると思うし、これくらいの雨とか足場の悪い中でもウチは練習しているので問題ないです。結局、すべてを想定内にしておくことで、勝つ確率が上がるんだと思います」
試合直前には、あえてベンチ前のぬかるみを残したまま、同コーチが内野陣にノックをしていた。そして当然のように出る送球ミスの度に、ノッカーが声を発した。
「それ! それをやらないために今、練習してるんだよ。どうしたら相手に捕ってもらえるか、考えて投げんと!」
ディフェンスと精度の差
2回裏、にわかに試合の雲行きが変わりだした。茎崎の五番・佐藤映斗が、まずは中前へクリーンヒット。すると、緩い足場も味方をし、守る船橋にベースカバーの遅れと投げミスが続いて1点が入る。
さらに一死二、三塁から、八番・佐藤大翔(5年)がスクイズバント。これは、マウンドを駆け下りてきた松本の本塁グラブトスで失敗に。スーパープレーを披露した右腕は、さらに三振を奪って二死一、二塁とする。
2回裏、船橋の松本が間一髪の本塁グラブトスで、茎崎のスクイズを阻む
流れはまだイーブンか、まだ若干にリードしている船橋か。いずれにしろ、次の展開でどちらかに傾くはず。茎崎は一発もある5年生のトップバッター、石塚匠が左打席へ入った。
一般のギャラリーでも力が入るような局面。マウンドの松本は、こん身の速球で追い込んでいく。真っ向からの力勝負、さすがは関東王者のエース格だ。
「バッターの反応も見ながら、向かっていくピッチングはできたと思います。でも、茎崎のバッターは強いっす。粘られました」(松本)
打席の石塚はカウント2-2から、左中間へきれいに流し打ち、これが同点タイムリーとなった。船橋は慌てたわけではないだろうが、守りにまたミスが出て勝ち越しまで許してしまう。続くピンチは、松本がけん制死を奪って切り抜けたものの、以降は打線が空回りしていくことに。クリーンヒットは結局、七番・直井翔の左前打1本のみに終わった。
2回裏、茎崎はスクイズ失敗後の二死一、二塁から、5年生の石塚が左中間へ同点タイムリー(上)。エースの佐藤映(下)は粘り強い投球で徐々に流れを呼び込んだ
一方の茎崎も、エース左腕・佐藤映の緩急で打たせて取る投球が冴えたものの、打線が爆発することはなかった。3回以降のクリーンヒットは、四番・川崎愛斗の左越え二塁打1本のみ。
それでも、各打者の選球眼と小技の精度、それと足場が悪い中での守備力で明らかに上回った。その差が顕著に表れたのが、4対3のまま迎えた4回裏だった。
4回裏、茎崎は連続四球から九番・大類拓隼のバント(上)が敵失を誘って1点。守る船橋はなおもミスが続いて計4失点。写真下は3点目
船橋の二番手以降の本格派右腕に対し、茎崎打線は3四球と1犠打(記録は失策)と1盗塁、それに敵失も絡んで無安打ながら4得点。
船橋にはこれを跳ね返すだけの余力と時間が残っていなかった。スコアは8対3、5回表の終了をもって決着した。
〇佐々木亘コーチ「素直にうれしいですね。相手は全勝の関東のチャンピオンですが、ウチも『茎崎』という看板を背負っているので、どことやっても負けたくない。やったのは子どもたち。試合前からよく準備して、よく守れました」
●木村剛監督「負けるべくして負けました。エラー7つ、これに尽きますね。松本はしっかり投げてくれました。守る時間が長いとピッチャーにも影響したり、点差が開くとひっくり返せないのもわかりましたし、良い勉強になると思います」
―Pickup Team―
崩れた不敗神話、すぐさま立ち上がった関東王者
[東京/世田谷区]船橋フェニックス
主力メンバーの体格とパワーは確かに抜けている。上位打線のスイング力と、外野陣の肩の強さは、全国でも随一かもしれない。ただし、それだけで全勝を貫いてこられたわけではないだろう。
移籍してきた選手は数人いるが、躍起になって各地のタレントをかき集めたわけでは、もちろんない。活動する地域内は別として、「選手の勧誘も引き抜きも絶対するな!」とのお触れが、平社知己代表から全学年のコーチ陣に出ている。この厳しい時代でも、魅力のある組織とチームには自ずと人は集まるということだ。
軍隊方式のウォーミングアップはなく、ランダウンプレーの練習も兼ねて体と肩を温めていたのは昨年11月、東京都の新人戦決勝の前だった。グラウンドに入った選手たちはまず、輪になって座り、プロ選手のモノマネ合戦でしばし盛り上がった。まずは程よくリラックスし、理に叶ったアップに続くシートノックでは、圧倒的なポテンシャルをみせつけた。そして逆転勝利で、東京の新人王に。
試合中は目の前の結果でいちいち感情的になる指導者はいない。選手たちは底抜けに明るく、声掛けはすべて前向きで言葉は丁寧。どんなにワンサイドで試合を運んでも、人を愚弄するような言動はないし、手も抜かない。
不動の四番・濱谷隆太でさえ、「打てなかったら代えられる」という危機感をもって打席に立っている。エース格の松本一の、すさまじい平日の努力も既報の通りだ(➡こちら)。レギュラークラスの多くは、きっと同様だろう。
スケールの大きな本格派・長谷川主将は肘痛で長らく野手に専念してきたが、今大会で復帰登板も果たしている
勝つに越したことはないが「全勝」や「不敗」は、あくまでも結果にすぎない。目標は「全国制覇!」と、ナインは当初から口をそろえてきた。
どのチームも冬を経て成長する。2024年に入ると、競った試合も増えてきた。終盤まで同点やビハインドも経験。でも最終的には、必ず勝ちを拾ってきた。
それが1週間前の練習試合で、初めて敗北。その相手、茎崎ファイターズに今度は公式戦で苦杯を喫した。足場の悪い中だったが「それは相手も同じ」と、木村剛監督は潔く完敗を認めた。
「茎崎はバットも振れているし、ゲームのつくり方も点数の取り方もさすがでした。バントも守備もふだんからしっかりやっているから、こういう条件でもミスがないんでしょうね。そこがウチとの差。この経験を次につなげないといけないし、個々の修正もそうだけど、チームとしてもみんなと考えていこうと思います」
長谷川慎主将は「むちゃくちゃ悔しいです。でも自分たちはまだ上がれると思ってるので、これを次に活かして全員で声出してやっていきたい」と前を向いた。
「悔しい? …ですけど、それより練習足りね~な、オレたちって感じですね」
3位表彰の後、松本は最後にそう漏らした。それから30分もしないうちに、水が引いた隣接のグラウンドで船橋のボール回しが始まった。その活気のある声と球音は、メイン球場にまで響いてきた。
倒れてもまたすぐに起き上がる。関東王者の“不屈の第2章”の幕開けだ。